特別号(2020年8月号)

特  集 ◆ シリーズ清水 2020◆“清水草薙の大鳥居”

消えゆく〝まち〟の景観

撤去が決まった「草薙の大鳥居」

私たちの住むまちの見慣れた風景。
ある日、ふと足を止めて見てみると変わっていることってありませんか。
自分の身近な景色の移り変わりには案外気づかないものですが、
気づいて初めてその景色が大切なものだったと思うことがあります。
今、そんな変わりゆく景色の現状に直面している〝まち〟を取材しました。

伝説と伝統の神社

有度山のふもとに広がる閑静な住宅街の中にたたずみ約1900年の歴史を誇るのが草薙神社です。そしてこの〝草薙〟は日本書紀に登場する伝説の地名でもあります。

昔々、東国征伐のためこの地を訪れた日本武尊(ヤマトタケルノミコト)は山賊に襲われ草むらの中で火を放たれ火攻めに遭いますが、天叢雲剣(アメノムラクモノツルギ)で草を払い難を逃れたとされています。

この剣で草を薙ぎ払ったことからこの地は〝草薙〟と呼ばれるようになり、剣は〝草薙の剣〟と呼ばれるようになったと伝えられています。

また後に日本武尊の父である景行天皇が息子の功績を称え、この剣を御霊代として祀り、建立されたのが〝草薙神社〟だと言われています。

永い歴史の中でも元禄年間から続く秋の大祭で打ち上げられる龍勢花火は全国的にも有名で静岡県の無形民俗文化財に指定されています。

そんな歴史あるまちには昔から多くの人々が暮らし、高度成長期には〝草薙団地〟と呼ばれる住宅街が形成された他、近年は静岡県立大学、常葉大学、静岡サレジオなど多くの学生・若者が行き交う文教地区としても知られるようになりました。

そして今、このまちで長く親しまれた〝あるモノ〟の撤去が決まり、景色が変わると言う話題に注目が集まっています。

幹線道路にそびえる大鳥居

県道静岡草薙清水線、通称・南幹線に面した草薙神社へと繋がる市道をまたぐように建つ鉄筋コンクリート製の大鳥居、これが今回の主役です。

草薙のまちを見渡すように長年、地域のシンボルとして親しまれ、建ち続けてきたこの鳥居は高さ約12メートル、幅約16メートルの、改めて近くで見ると鳥居としては迫力満点の大きさに圧倒されます。

今、この鳥居を見上げてみると所々にコンクリートが剥がれた跡や亀裂らしきものがあり、場所によってはテープで補強されている部分も見受けられるなど素人目でも老朽化が進んでいるように見えます。

話を伺うと、街の安全を考え今後この鳥居は撤去されるとのことですが、事は単純ではなく、撤去に至るまでの事情は複雑で難しい問題となっているようです。

困った、困った鳥居の真実

「この鳥居に関しては詳しい点、いきさつを記した書類がない上に、建立された経緯を詳しく知る人がいないと言うことが大きな問題なんです。」と話すのは草薙神社氏子総代会、副会長の飯塚健さんです。

この鳥居は数年前から老朽化の兆しが目に見えて分かるようになってきました。そこで耐震性に疑問を持つようになり「このままではいけないだろう」と総代会だけでなく、地元連合自治会にも相談を持ちかけ協議をした上で道路の管理者である静岡に問い合わせたところ「所有者不明」と言う大変なことが分かったのです。

そこで改めて鳥居の生い立ちを調べていくと1975年に静清土地区画整理事業の補償工事の一環として建立されたと言うことは分かりました。

当時、施工をしたのは静岡県でしたがその後、政令市に移行した際に管理が静岡に移ったのですが、建設当時の公的文書が現存していないばかりか、当時を知る人も見当たらず、草薙神社の書類の中にも記録がないことから、神社の所有物でもないことも判明、つまり所有者不明のため、どうにも手が付けられないと言うことになってしまったのです。

しかし、この間にも老朽化は進んで行きます。以前から言われている東海地震や近年浮上した南海トラフ大地震の発生が懸念される中、もしこのような災害時に倒壊した場合、大惨事を招く可能性が十分に考えられることから、氏子総代、連合自治会、地元商店街は市に対し撤去をお願いすることになったのです。

この事実を知った地域住民の方々からは批判的な声を始め様々なご意見を頂いているそうですが、今後の安全を第一に考えた上でのこと。これは本当に苦渋の決断であることをご理解頂きたいとの事でした。

これを受けて市は4月からの2ヶ月間に所有者捜しを掲示告知など通じ行いましたが結果、所有者は現れず、今後は行政代執行の手続きを進め撤去工事を行うこととなりますが、工事現場も幹線道路沿いであり簡単ではない様子です。

まちづくりへつなげる

「ただ鳥居がなくなってしまった、では地元にとって大切な草薙神社の存在感を失い兼ねないばかりか、見慣れた風景が変わることはとても寂しいことでもあります。そこで、鳥居に変わる何か新しいシンボルの設置、ないしは〝まちづくり〟で何とかして行きたいと思っています。」と話すのは有度地区連合自治会長・草薙西自治会会長の花崎年員さんです。

花崎さんはJR草薙駅周辺整備事業と併せて進められたまちづくり事業に深く関わり、自治会や地元商店街らにより発足したまちづくり団体「草薙カルテッド」の共同代表を務めるなど草薙の発展に尽力されています。「これは草薙カルテッド」に課せられた課題のひとつでもあると思います。と花崎さん。この大鳥居から神社へつながる参道を〝神社どおり〟と称し今後の活用を検討していきたいと考えています。昨年、静岡市と静岡県立大学等の大学生から成る〝JR草薙駅南口グランドデザイン研究会〟と協働し「草薙川ライトアップ」と言う社会実験を行いました。

これは地域の安心安全な生活環境づくりに向けた一環として「くさなぎが〝好き〟になる」、「くさなぎに〝住みたく〟なる」、「くさなぎに〝帰る〟」、「くさなぎを〝散策したく〟なる」の4つのテーマのもと参道沿いに流れる草薙川を「ぼんぼり」でライトアップすることでまちを演出する試みでした。

この社会実験では一定の評価を得ることができましたが、〝実験〟という単発事業で終わることなく、実験から得られたことを生かし継続して実施していくことが出来れば良いと思っています。

この例のように新しいまちづくりに取り組むことで、シンボルを失った街に新たなサインをもたらすことが出来れば草薙にとって大切な草薙神社を今後も多くの人に知ってもらい、記憶に留めてもらうことができるのでは、と考えています。

イノセントから一言

新たなシンボルづくり、またはまちづくりへの一歩を踏み出そうと前向きに考えるお二人でしたが「やっぱり。できれば新しい鳥居が欲しいと言う気持ちはありますね。」と本音も漏らしていました。それこそ簡単に行く話ではありませんが、この大きな変化で地域住民のみなさんが改めて、地元に対しての関心を高め、まちづくりに参画してゆく切掛けになればと思います。今回は草薙地区の話でしたが、みなさんの周りを見渡してみると同じような事があるかも知れません。この機会に自分の地元に目を向けてみてはいかがでしょうか。